はてなブログはじめました。

こんにちは。ヨシダと言います。

こちらでは安西慎太郎くんの出演作品についての感想を中心に書いていきます。

長文、あつくるしい感想になりがちですがご容赦くださいね。

せっかくなので、過去に別の場所で書いていた感想も引っ張っておいておこうと思います。よかったら。

 

一応、ごく簡単な自己紹介を。

・東北出身、関東在住、30代女性。

・安西くんはテニミュから。青学VS四天をDVDで観てハマり、観劇は全国立海から。

彼のお芝居に滅法惚れ込んでいます。

まだまだ5年、10年と、今後の彼の健やかな役者道を見つめていきたいです。

・たまのブログやインタビュー記事で発される言葉の選び方、芝居への愚直で真摯な思いも大好き。いつも私の背筋を正してくれます。

・その他大好き:THE ALFEE昭和歌謡・80年代アイドル・東映特撮・佐藤祐基

 

あとすごくどうでもいい事ですが、このブログタイトルはもうずっと前から使っている名前です。『摩天楼』も『ドラマティック』もなんか小さい頃からカッコいいと思ってる言葉なので(笑)。

最後の『S』は慎太郎くんのSでもありますが、実際は歴代のブログに無印(表記なし)→R…と付けてきたからです。3代目だからS。某美少女戦士世代なのです。

 

12月の旅人は脳内にエンドルフィン。

※2017/01/09投稿記事

 

12月は急きょ安西くんのゲスト出演が発表された、and endless公演 『ENDrephin』が唯一の観劇になりました。たまたま休みで良かった。
劇団20周年のメモリアル公演という事で、今までのお芝居の世界が沢山入り混じる、非常に感覚的でトリッキーな世界観。過去の公演を観ていればより楽しめたのだと思いますが、演出効果や転換の面白さがとても興味深かったです。

すっごいぜ、舞台上にマジで大雨降ってたぜ!???

すっかり好きな役者さんな村田洋二郎さん、今回一緒にゲストだった萩野崇さんの色気ある佇まいもまた良かった。

本命の安西くんのほうは、出番こそ数分でしたが、旧日本軍の軍服のような格好に、日の丸のハチマキ!でした。す……好きなやつでした……(笑)
出てきて即、涙をいっぱいに溜め込んでMAXのテンションで芝居を始めたのはさすがでした。
妻を守りたい、国を守りたい……。出征前の軍人さんのような決意に満ちた声。短い中でもインパクトがありました。しかも萩野さんとの絡みとか嬉しすぎました。かつて過去作漁りまくってたぐらいにはファンでしたので…。


さて、ついに1月です。
下旬は舞台『幸福な職場』に、ドラマ『男水!』。そしてNHKFMのオーディオドラマ『帝冠の恋』(個人的にはラジオドラマと呼びたい)。
目白押しです…。嬉しい…。チョーク工場の新米専務と競泳高校生と、ハプスブルグの皇族様がいっぺんにやって来ます。今月はこのために頑張れます。

幽霊に憑かれた母と子が箱に収まるまで

※2016/11/18投稿記事

 

続きを書く機会が先延ばしになってるうちに『舞台K-Lost Small World-』のBlu-rayが出てしまいました。

もはや安西慎太郎だという事を忘れるほどに存在が伏見猿比古としか言えない彼を観てからオスヴァルの姿を改めて観ると、
「同一人物なんて嘘だろ??」
としか言いようがないわけなんですが…(笑)。とりあえず『幽霊』の、夫人と息子の話です。


*************
安西くん演じるオスヴァル。
劇中で一番愚かな男でした。プライドが高そうで、持論を振りかざし、酒に逃げて、野心のために媚びてくる女中の振る舞いに舞い上がり調子に乗り、酒の勢いでそんな女中に対する下心をあけすけに母に語って聞かせる。
いくら先天性の病気持ちとはいえ、同情できない本当に馬鹿で愚かしい奴です。
戯曲を読んだ時点でも本を投げそうになりましたもん(笑)。

2幕からは過剰なぐらいのアクションで転がったり酒を何杯も煽ったり、あれはさらにオスヴァルの愚かしさを際立たせていて個人的には良かったです。
最後の『太陽』の直前、ギラギラしていた目に一切の感情がなくなって、光がなくなったのは見間違いではないはず…。やっぱり彼の目の芝居はいい。

しかしまあ、洋装の似合う事似合う事。肩が大きくなってて、いつも舞台中は痩せてしまう頬がいつもよりふっくらしてたのも良かったです。26、7歳の雰囲気は出るかな?と心配でしたが、そのおかげで年相応に見えましたし。ベスト姿の背中はたいへん惚れぼれしました。

*************

私はこの舞台の何が好きって、アルヴィング夫人と息子・オスヴァルの関係性と耽美さです。

やっぱり今回の舞台は、母と息子の一種の共依存を感じさせるような距離感がとにかく特徴だったように思います。
いやあ、正直言ってすごかったですね、あの物理的な顔の近さ(笑)。
私、『食堂に幽霊が現れた』レギーネとのシーンをどうするんだろうとドキドキしながら行ったのに、おいおいオスヴァル、母さんとの絡みのほうがすごいよ??と動揺しました(笑)。

(レギーネとのシーンは壁に映像を映す事で表現されました。映像が鮮明ではなかったのですが、一応初めてのキスシーン(フリですが)って事でいいのかな?)

夫人はオスヴァルに微笑みながら、マンデルス牧師に「知っていましてよ、わたし、心も身体もまだ純潔なままのものを」と言います。
すごくないですか、26、7歳の息子を評する台詞じゃないですよねこれ。もっとも牧師はこの言葉に苦笑いでしたが。

とはいえ息子のオスヴァルも、苛立ちをごまかす為に酒を求め、その通りにシャンパンを持ってこさせた夫人に対しこう言います。
「こいつはすごいや、息子が喉を渇かしているのを、母親が放っておくはずはないと思った」

************
…もうまず、この2人の時が、そもそもオスヴァルが海外留学に出される前の幼年期で止まっているんです。もしかしたら幽霊が巣喰うこの『家』が、2人の時間を止めてしまったのかもしれませんが。

朝海さん演じるアルヴィング夫人はオスヴァルの髪や頬をよく撫でてやるのですが、それがまさに小さい子供をあやす手つきなんですね。
そしてオスヴァルも、酒に酔って母に絡んでいた時点でも随分甘えていましたが、火事の後からは明らかに子供に後退したようなとろんとした顔つきで母に甘え始める。

安西くんのお芝居の中で、『幼児性』っていうのは彼の独特な特徴だと思うんです。
巧いんですよね、本当に…。
幼児性は悪い意味で言ってるんじゃないんです。
八雲の宇都木くん、Kステ・ロスモワの伏見など、小さな子供が全身ですがってくるような執着や、幼さゆえの恐れのない凶暴性、狂気、感情の起伏…。
まだ22歳、絶対どこかにカッコつけが残ってもおかしくないのに、彼はこちらが驚くほどそれらを舞台上で、芝居でさらけ出してくる。ただ素直に、すげえな、って思います。

オスヴァルの病気の進行は、幼児返りのように見えました。自分を殺してくれそうなレギーネに振られ、自ら死ぬ事はできず、全部を受け止めてくれる母親の前で幼児に返り、全身ですがりついていくような。あれは彼にしかできないオスヴァルだったなと、贔屓目ですが思います。

そしてまた、母親である夫人にとっても、可愛い息子がどんどん自分に甘えていくのは嬉しかったことでしょう。

「お前を家へ帰らせてくれた病気に感謝したいくらいよ」
「もっとお前を、わたしのものにしなくちゃね」

因習と嘘と駄目な夫と長年闘ってきたアルヴィング夫人にとっては、可愛い息子だけが自分の拠り所だったのでしょうね。
すがりあって甘え合って、最後のシーンは2人で小さな箱に収まっていくようでした。やがて溶けるように崩れる家の壁。朝日。本当に最後まで皮肉で愚かで、美しい舞台でした。

*************
安西くんの野生的な『何かに成る』芝居を、朝海さんの『美しく魅せる』芝居がしっかり受け止めて、どろりとしながらもとてもとても耽美で美しくて。この親子の絡みは本当に私の好みをストライクで突いてきました。
最後、廃人になった息子にヒステリックに叫ぶのが戯曲の指示かなと思っていたのですが、そこをあえて抑えて抑えて、絞り出すように「もう、ごめんよ…!」と言う夫人の芝居が物凄く良かったです。
今までの彼女の全てが全部崩れ落ちたような絶望感がたまらなかった。正直、オスヴァルの「太陽…」よりも、夫人のこの芝居でラストが決まったなと思いました。

安西くんも、朝海さんに全幅の信頼を置いてぶつかっているのがよくわかりました。
八雲の時は、まだお姉さんにすがる芝居に距離があったのですが、今回は抱きしめる腕では足りず手のひらや顎までしっかり這わせてて。あんなの初めて観ました。観てるこっちはとてもどきどきしましたが(笑)。


*************
正直、こういう古典で知的で耽美な舞台、まだまだ彼で観られるのは先だろうなと思っていました。
舞台の上の彼は、命を削るように燃やしてオスヴァルを『生きて』いました。
…ねえ、まだ22歳だよ。勘弁してよ。
初めて観た回、舞台を観ながらそれをずっと繰り返し思っていて、この子を観てきてよかったなあ……と思ったら泣けてきてしまって、終演後にはついに大号泣が止まらず、歩くどころか立つのさえやっとな程におぼつかない足でチケットを増やしにいきました。最終的に、事前に2枚持っていたチケットは5枚になりました(笑)。

まだまだ足りない所はあるけれど、やっぱりいい役者さんだなあと惚れ直してしまいました。
これからまたどんな景色に連れて行ってくれるんだろう。
今年はこれが舞台納めになりそうですが、私にとって、とても特別な舞台になりました。
なんとかDVDが出てほしい、映像に遺してほしい。今はそればかりを祈っています…。

※2017/11/15追記:その後DVDが出ました。職場の休憩室で号泣しました(笑)

 

幽霊を嗤い、幽霊に憑かれる。

※2016/11/08投稿記事

 

朝海ひかる、小山力也、吉原光夫らが紡ぐスリリングな会話劇!『幽霊』稽古場レポート! | エンタステージ

【動画1分】館の幽霊の真相とは・・・? 朝海ひかる主演舞台「幽霊」が開幕 | エントレ|演劇動画ニュース

「幽霊」鵜山仁、朝海ひかる、安西慎太郎がコメント「イプセンの巧みさ」 - ステージナタリー

 

もう1ヶ月経ってしまった事がまだ悲しい。
この9-10月に上演されたイプセンの『幽霊』の話です。
あの舞台、オスヴァル君の事を思うといまだにうっとりとため息が出ます。

アルカディア』があまりに素晴らしかったので、再びの海外翻訳、しかも古典への出演は本当に胸が躍りました。しかも、どうやら中心人物であるらしい息子役。
既に絶版の戯曲を入手し、ラストシーンまでの流れに衝撃を受けました。
こ、これをやるのか?このラストの恐怖を決めるのはオスヴァルの芝居にかかっているではないか?とんでもない役が回ってきてしまった…。

また、非常に台詞の言い回しが古く、また1回読んだだけでは台詞の意味がわからない事も多々。
それでも訳がわからないなりにドキドキした気持ちは残って、公演までの数ヶ月ずっと鞄の中に入れて、繰り返し繰り返し戯曲を読んでいました。

**********
紀伊國屋ホールの古めかしさは、あの舞台に本当によく合っていたなと思います。
背景に貼られた壁の、布地の妙にドロッとした質感、暗いピアノの音、夫人の灰色のドレス。
なによりあの『田舎の因習』感。
そう、そう。田舎特有の、ああいう古いものに囚われた窮屈さ、暗さ、陰湿さ。
東北の田舎から出てきた私には、妙に共感できるものがありました。海外にもああいう空気ってあるんですね。

アフタートークでも小山さんが「もっと笑っていいんですよ」と仰ってた通り、この舞台の登場人物は非常に滑稽で、愚かしい人ばかりです。
暗い話・難しい話というよりも、人間の浅はかさや醜さ、絶望を客観的に嗤う…それを嗤う共犯感や背徳感を抱えながら。『笑ウせえるすまん』的なブラックユーモアを感じていました。
彼らを嗤う自分の背後に、「自分にだってこういう愚かしい一面があるんだぞ」と自らを嗤う存在がある…。
因習、放蕩な夫の影、狂気…劇中には様々な『幽霊』の概念が現れますが、これもまた、観客に投げられた『幽霊』なのかもしれません。

**********

感動したのは、あれだけ難解そうに思えた台詞が、役者さんの身体を通すと驚くほど立体的で違和感がない。戯曲っていうのはやはり読むものじゃなくて演じられてこそ完成するんだなって改めて感じました。もちろんそれを演じた役者さんが皆さん素晴らしかったのもあっての事ですが。

戯曲を読んだだけだと、マンデルス牧師とエングストランの配役は逆ではないか?と思いましたが、小山さんのコミカルさが牧師の気の小ささや浅はかさを際立たせていたし、吉原さんの粗暴さや明らかな恫喝ぶりは非常に可笑しかった。

私は横田さんのレギーネの表現がすごく好きです。私も『何か』を求めて田舎から脱出したかった身なので、彼女の野心はちょっと共感してしまう。
オスヴァルにとりいって、ある意味では非常に素直に純真にパリ行きの夢を見る。言葉の端々にフランス語を混じらせる所なんか本当に図々しくて好き。
それを打ち砕かれた後の彼女のドン引きぶりといったら最高でした。血のつながった家族なんだから家に残れとしつこく迫るオスヴァルに1ミリの同情もなく拒絶するレギーネの構図は本当に痛快でした(笑)。

アルカディアもそうでしたが、古典って一見難しそうだけど、こういう人のばかばかしさをシニカルに笑えるって本当に『知的快感』。頭を使いながら、美しくて皮肉の効いた言葉を追いながら解釈をこねくり回す。舞台から受け取ったものを脳内で組み立てて、考えれば考えただけ面白くなってくる。
好きな役者さんを追ってこういう芝居に出逢えるって本当に嬉しいなあ。


**********
そして、アルヴィング夫人とオスヴァルの話もしたいのですが、長くなるので一旦切ります。

推しくんの彼のことをつれづれと。

※2016/10/22投稿記事

デキメン列伝【第13回】安西慎太郎 | ローチケ演劇宣言beta版

4月のインタビューですが、とてもいい記事なので。

前から書きたかったんですけど、書けるときにえいやっと書いてしまおうと。
敬愛する『よい子の歌謡曲』の記事のように、めんどくさくて自己中で熱烈なラブレターみたいなもんです。お恥ずかしい。

************
さて、私が彼を知るキッカケになったのは『ミュージカル テニスの王子様 青学VS四天宝寺』です。彼の出世作というか、今の所代表作に必ず挙げられる作品。
私は当時、実際に観劇はしていません。DVD組。今でも七転八倒する勢いで悔んでいます。

(テニミュはこの前に全国氷帝で一度観劇をしているのですが、「これ以上観たらハマってしまう気がして怖い」という理由で避けておりました。こういう事思う時点でもうハマるしかないんだから腹を括ればよかった。涙)

もともと白石蔵ノ介というキャラクターは知っていて、1stの春川・佐々木氏の先輩キャストのお芝居も知っていました。だから当然、芝居(試合)の流れも。
DVDを観ながら、「大阪っていうかはんなりした子だな」「この妙にクセのあるエクスタシーはなんなんだ(笑)」などと面白がりながら観ていたのですが、運命のシングルス3の後半。
不二の『百腕巨人(ヘカトンケイル)の門番』の前に、徐々に余裕がなくなってきた時の、その表情。

凄かった。
『基本に忠実であるがゆえの完璧なテニス』を志す、彼のクールな表情がずるずると剥がれ落ちていくのがありありと分かった。
そして、その自らの課したポリシーに『固執』し、必死に『執着』しあがいている、ある意味で滑稽な、しかし人間くさい表情でした。
もう駄目でした。一瞬で恋に落ちました。

***********
彼の芝居の魅力の一つに、私はまず

『人の生き様は本当はみっともなくて愚かで、だからこそとてもいとおしいという事を繊細に表現できる役者』

というのを一番に挙げます。

『多面的』で、何かに『執着』する人間を演じるのが、非常に巧い役者だと思っています。
人は必ず多面性があって、綺麗なものと愚かなものを持っている。
誰でも何かにすがったり、固執したりして生きている。それをわかっている。
多分ですけど、彼は人間が好きなんだろうなあと思います。非常によく人間を観察していると思います。ある意味結構怖いです。

『舞台K』の伏見猿比古のような振り切れた、一見狂気に近い執着には、どこか置いて行かれた子供のような寂しさと幼さがありました。
『幽霊』のオスヴァル=アルヴィングもまた、病に冒され、酒を飲みくだを巻き、自分で死ねず人に殺してもらいたがるような自己中心的な青年でありながら、母親に依存し、子供返りしていくような役づくりは大変彼らしいなと思っていました。
対して『もののふ白き虎』の飯沼貞吉のように、ストレートに愚直なキャラクターも魅力です。ただし貞吉の場合、過去と未来の2役を同時に演じていたのですが、その切り替わりが佇まいだけで判るというのは凄かった。

多重構造的に役を演出しているので、彼の芝居を観ているとイマジネーションが働くというか、色んな事を考えてしまうのです。描かれていない過去や心情、これからどうなってしまうんだろうかなど…。
彼の役の人物像について、ついつい語りたくなってしまうファンはきっと私だけじゃないはず。だって色んな事を考えたくなってしまうのです。考えるからロスト感が激しい。だってもう逢えなくなってしまうんだもの。あの舞台上で『生きている』、いとおしい姿の彼に。


*************
そして、俳優である彼自身で私が一番好きな所は、『自分自身を表に出しすぎない』所でしょうか。
今はSNSなどでセルフプロデュースが出来る芸能人は強みです。発信する彼ら彼女らの素顔の日常に共感したり、「この人すごくいい人」「面白い人」と思わせる事は大事なスキルになってると思います。実際私もそれらが上手い人はすごく好きです。

しかし、正直私は彼の素顔がいまだによくわかりません。謎。
自己顕示欲の強い人達の多いこのご時世、あれだけ自分語りをしない所は逆にすごいと思います(笑)。

でも自身を表に出しすぎない事は、古い歌謡ファンの私からすれば非常に重要だと思うのです。
芸能人とは、役者とは人に夢を魅せる仕事。雑な言い方をすれば、好き勝手に人物像を作り上げられ、あれこれ言われる仕事。
彼はあまり自分を出しすぎない事で、勝手に私たちが色々想像し、夢を見る『スキマ』を作ってくれているんだと思います。
怖いのは、それをどこまで知って意図的にやっているかもわからない所なのですが…(笑)。
本人の意向なのか、事務所の意向なのかはわかりません。しかし、非常に有効な手段だとは感じます。何より発言やプライベートの挙げ足をとられて散々に言われるご時世、SNSは最小限に抑えるにこした事はないです。本当に。特にtwitterは本当にやらなくていい。まあもうちょっとブログで生存確認はしたいなあと思うけれど。


また、役者という仕事が観客のものだという感覚がある所も好きです。
彼がずっと言っていた「安西慎太郎の演技を観て、明日も頑張れると思ってもらえる俳優になりたい」。私はあの言葉で彼にとても好感を持ちました。
自分の仕事がエンタテインメントとして、人の感情に強く影響を与える職業なのだと、何故20歳やそこらの男の子が正しく理解しているのかと疑問すら持ちました。誰かに教わったのか…。

私たちの事を『ファン』とほとんど言わず、『お客様』と言う所も好きです。役者と観客というスタンスを冷静に持ってる所。こちらに対して甘えがない。
自分が役者として成長するという事より、自分の芝居で他者にどれだけ影響を与えられるか。舞台で彼がどうだったかではなく、芝居で何を感じてもらえたか。いつもそういう事ばかり言ってる気がします。


************
現在、彼は事務所から非常に良いプロデュースをされていると感じます。1作1作に集中できるスケジュール、またその作品順も非常に丁寧に、役者としてのステップを踏んでゆける流れを作ってもらっているなあと。
短期的に使い倒して消費するためではなく、長期的に役者として仕事をさせたい意向を感じて、ファンとしてはとても嬉しいし本当にありがたいです。

来春からはドラマも決まりました。TVでイケメンドラマ、おおいに結構。地上波で、名前も上位にクレジットされている。これだけですごい事です。
イケメンドラマから名前が知られ、その後きっちり実力を評価された役者さんは沢山います。沢山の人に知られるキッカケが大事なのです。私の好きな人の芝居を、もっと色んな人に見てもらいたい。

まだ22歳です。まだまだ成長する所を観られる。
こんなに無条件に好きだと思える芝居をする人に出逢えるって、すごい。ありがたい。
彼が今同様の志を持って芝居し続けてくれるなら、私は10年20年と彼の芝居を観ていきたい、そんな風に思います。
すっかり深夜のテンションです。長文駄文ですみません。まあ、惚れた方の負けですからこういうのは。

いつまでも健やかで、芝居に貪欲であって下さい。よろしくお願いしますね。

 

 

 

喜びの歌、妄想のあれこれ。

※2016/8/29投稿記事

 

観劇してきました。
今回は結構なかなか刺さってしまい、とてもtwitterじゃはばかられるのでこちらに。
10代のメンヘラ女子みたいな事とか言いますのでご注意を。

舞台『喜びの歌』レビュー&コメント 大貫勇輔・中河内雅貴・安西慎太郎・鈴木勝秀 | レビュー - 舞台「喜びの歌」 - 著・おーちようこ - 鈴木勝秀 - 最善席

お写真やあらすじはこちらがお勧めです。

*************
「公演が終わった後に、『面白かった』『感動した』だけでなく、なぜ面白かったのか、感動したのか。お客さんに深く考えていただけるような公演にしたいです」
今回のパンフレットの安西くんのコメント。
本当にその通りで、このお芝居はお話の流れこそわかりやすいですが、テーマやメッセージ、そもそも結末もよくわからないまま、すべては観客に投げられてしまいます。
でも、考察や妄想をすればするほど面白くなる舞台です。

考察や妄想は人それぞれで違います。この舞台はそれだから面白い。
という事で、私の感想は超個人的です。

『もし私が10代でこれを観ていたら、イケダ青年と綺麗な海に入水して海の底で死ねる事を熱望しただろう。』

…もうホントお恥ずかしいですが、まずはこれを一番に思いました…(笑)。
そのぐらい、安西くん演じるイケダくんは、10代の私の理想と共感を強烈に感じる青年でした。

彼は『自らキリストの如く死ぬ事で同士の士気を高めさせ革命を押し進めようとした』革命家の父=ソノベを早くに亡くし、また政治犯扱いされたその父のせいで非常に苦しい生活を強いられて育つのですが、どうやら憎んでいるわけではありません。
むしろ父の遺した日記などを読み、彼もまた父の思想におおいに影響を受け、安西くん曰く『純粋であるが故に貢献欲が異様に強い』…つまり非常に歪んだ、排他的な正義感を持ってしまいます。


イケダ青年は、つまらない大人が許せません。一度は革命を志したくせに、10年経ったら革命のかの字も見えないようなおじさんになってしまったヨダとジンダイジの事は当然許せない。しかも父の死と、その後の自分の苦労を無駄にしたとも思ったと思います。
衛生的=正義でない存在は駆逐されてしまう世界で、彼は『害虫駆除の仕事』をしているそうです。シロアリとか、そういうの「も」やりますと。
明言はしていませんが、要は『正義でない存在を』『駆除』する仕事なのでしょう。そして、管理・監視された世界で、持ってたらおかしいはずのピストル。あれは仕事道具なのかもしれません。
そして、2人が揃ってから(自分がソノベの息子だと)明かしたかったと言い、「実は就職するんです。だからお2人からお祝いが欲しくて」と言いながら、ピストルを突き付ける…。


***********
私も昔、大人が大嫌いでした。愚痴愚痴と汚い言葉を並べるだけで、わかったような事を言い、押しつける。そうですね、殺せるなら殺したかった人もいたかもしれません。

キング・クリムゾンの『21世紀の精神異常者』の訳詞を口にするたび、彼は狂います。あれは彼の発火スイッチなんでしょう。あの歌詞のような世界の現代社会を忌み嫌い、粛清したかったのでしょうか。

私はイケダくんに、自分の10代を重ねてしまいます。
若さは潔癖です。そして視野が狭い。
汚い、煩わしい存在など、すぐに、今すぐに消してなかった事にしたい。自分が正しい。謎の万能感と、そのくせ膨れ上がるコンプレックス。
そして、自分がいつかつまらない大人になる事が許せない。

イケダくんは「いつか綺麗な海に潜りたい」と繰り返します。
決して「海が見たい」とか「泳ぎたい」ではありません。「潜りたい」。
私はお芝居初見だった日の夜、あるダイバーがカメラを回したまま沈んでいき、そのまま海底で命を落とすノンフィクション映像をうっかり見てしまいました。
引き上げられた遺体は、綺麗だったそうです。
海底は闇。ブルーから漆黒へのグラデーション。
イケダくんは賢い青年です。しかし夢みがちで、結果を急ぐ若者です。
うっとりと飽きもせず、水槽を眺める顔が本当に綺麗でした。いつか大人になる前に、綺麗なまま死にたいと、だから潜水を夢見ているのかもと思いました。


************
しかし、どんなに夢を見ても、現実の私はもう30を超えてしまいました。
カッカした反抗心や潔癖さは薄れ、いい意味でもそうでなくても、ある程度の諦めを飼い慣らしながら生きています。でも、生きる事には絶望したくない。
そう、だから今の私は、ジンダイジに共感するのです。イケダの気持ちを痛いほど感じながら、ジンダイジの目線で彼を見ていたのです。だから、余計につらかった。

「なんでもっと早く死ななかった、一度は絶望したんだろ」
「生きるのが…好きだからだ」

ジンダイジにとって大事な事は「好き」か「嫌い」か。
イケダくんは「過激派の面影ないなあ」と、もう革命を起こせなくなってしまった彼に残念そうな顔で笑いますが、ジンダイジはあの世界の中で、しっかりと自分の『核』を持って、自分には何が大事かをちゃんとわかって、手にとって、選び取って生きています。これが大人の生き方なのだと私は思っています。
イケダくんは、何かそういう事を感じたのかもしれません。自分の信念が揺らいでしまったのでしょう。結局2人を殺せなくなって、出ていきます。

生きる事は苦しいです。
水槽の水は一見綺麗だけど、息苦しい。そして決められた箱の中。まるであの世界そのものです。
舞台セットであるあのバーも箱のようで、そういえばあの店には水しかなかったので、あそこそのものが『水槽』だったのかもしれません。だから、opとedでゆらゆらと踊り、最後には水槽に顔を潜らせるジンダイジさんがいたのかも。

あれから、イケダくんはどうしたでしょう。海で綺麗なまま死ぬ事を選んだか、年月を経て、彼の思うところのつまらない大人として生き抜いていくか。安西くんは、どういう風に解釈したんでしょうね。


ところで、拝金主義のヨダさん。
彼は大変器用に生きられるタイプの大人です。『安くて効率的でお得』なものにしか興味のない大人。しかしすごくタフに生きる気力体力を持ってる大人。ああいう風に生きられたら人生もっと悩まなくて済んだかなあと思いますが。まあそれは無理でした(笑)

**********
ああ、なんか思った以上にしっちゃかめっちゃか…;;
思ったまま書いているのでお許しを。
ほんとに考えたらキリがないぐらい、想像しがいのある舞台でした。
演出のスズカツさんが用意した世界で、役者が毎回ジャズの即興セッションの如く自由に変化し、『泳ぎ回る』。そんな舞台。芝居の上手い人達じゃないと出来ない事だと思います。

息を詰めて、まるで同じように水槽で窒息しかけたような感覚になり、あの地下の劇場から出て外への階段を上るとき、水から上がってきたような開放感と疲労感を感じました。
好きな役者さんで、こういう芝居が観られるのは本当に幸せ。次の『幽霊』も楽しみです。

『アルカディア』の話その2:ガスとオーガスタスなど

※2016/05/06投稿記事

 

さて、ようやく安西くんの役の話です。


オーガスタスとガスは、戯曲でも同じ役者が演じる事を指示されています。彼らの魂が繋がってるんじゃないか、という演出を受けた話はインタビューでも語っていますが、じゃあその理由はなんだろう?


私は、オーガスタスの魂は、歴史から消えてしまったセプティマスの存在、トマシナと彼女の遺した早すぎた発見を現代に知らせたかったのではないかと思います。
決してガス=憑依したオーガスタスとは思っていませんが、ガスはオーガスタスの見聞きしてきたものの記憶とシンクロしていて、彼の思いを汲み取っていたのかなと思います。

オーガスタスは、隠遁者になったセプティマスを見ています。この庭園で隠遁させるのを決めたのは、もしかしたらオーガスタスの意向も入っていたのかもしれません。亡き姉にとっても大事な人なのを知っているから。

ある方の考察で、ハンナにリンゴをあげるシーン、あれはリンゴ=知恵の象徴だから、庭の謎を解明して成功するのはハンナなのだというメッセージだったという旨を聞いて「なるほど!」と唸りました。
現代に願いを賭けたオーガスタスは、その役目をハンナに託していたのかな。
これは私の仮説ですが、トマシナが描いたセプティマスと亀の絵、オーガスタスが単純に欲しがったのをガスが引き継いだっていう考察に大体なりますが、過去→現代へ作用したのではなく、逆に謎を解き明かせるために現代の状態が過去に作用したっていう論は飛躍しすぎかな。あのあたりのシーンは、すでに現代と過去が2層のように同時に展開してるカオス状態だったわけだし。

そしてガスの、ハンナへの恋心。これはガスの感情だと思う。

あのですね、これは私の非常におとめチックな考察なんですけど…。
ガスくんには200年前の記憶がシンクロしていて、ゆえに当時の貴族の時の感覚も持っていて、それを静かに意識していて。
リンゴを渡すとき、ワルツに誘うときの妙に大仰な振る舞い。たった15歳の少年なりに、ハンナに対して貴族のように、もうなんなら「お姫様をエスコートする王子様(もしくはナイト)のように」振る舞おうとしたんじゃないかと思っています。
だって、ね!ハンナに仮装を見せた時もスカーフ跳ね上げてカッコつけてたじゃないですか。いっぱしの男でいたいんですよ彼女の前では!かわいくないですかそんなの///←突如萌え転がるヲタク


ラストのワルツ、本当に美しかったですね…。
カッコつけようとしたのか、最初に思い切りハンナをぐるん!と回したのはかわいかったですね。あのシーンはどうしてもトマシナとセプティマスに目がいってしまうけど、ハンナに微笑みかけられて信じられないほど優しく笑う表情、ハンナに回した手がすごく緊張しているところとか、すごく良かったからもっと皆さんに観ていただきたかった。
しかし、感想を検索すると、多くの方が良かったと絶賛するあのラストシーン。そこで、安西くんが演じているという事。もうこんなに嬉しい事はないです。


2組のワルツが時計回りに、まるで時間を回すみたいにくるくる回る。そこで、今まで動かなかったセットがゆっくり奥へ後退し、舞台は一気に奥行きが出て広がり、まるで夜に吸い込まれるような、世界が広がったような錯覚を起こす。あのドラマティックな美しい瞬間、息を飲みます。カーテンコールが終わっても、しばらく興奮が冷めませんでした。


ライスプディングと混じり合ったジャムは混沌の渦に飲まれ、二度とは元に戻らない。消えた命や歴史は戻らない。でも、混沌の中では形が変わっても、それらは確かに存在しているのだ。時計の針は進む、命は繋がる。セプティマスが言っていたように、誰かが捨てざるを得なかったものもやがて時を超え、誰かが見つけてくれるのだ。現代と過去がくるくる回るあの舞台を観ながら、そう思います。

**********************


今回まず一番最初の感想として、あの舞台の世界観、あの役者さんたちの芝居の中に、安西くんが予想以上に溶け込んでいる事に驚きました。
もちろん他の先輩方に比べたら、まだまだ敵わない面のほうが大きいと思うんですけど、あのキャスト陣の中で悪目立ちするでなく、インパクトを与えるところではきちんと観客の目を奪って、しっかりとあの舞台の中の人物として生きていた事に感激しました。

『僕のリヴァ・る』で、あの演出家さんと実力揃いのキャストの中で座長を任されたのは、あえて『試練』を与えられたのだろうと勝手に思っているのですが、それが活きているのだろうなと。
初座長の戦国無双、舞台K、もののふ白き虎、納祭を経てリヴァる。彼は本当に、厳しくもとても丁寧なステップを用意してもらってきたんだなあと感じます。しかし今回のお芝居も、それらをクリアしてきて、ただこなすだけでなくしっかり自分の引き出しにしてきた彼の強さと貪欲さがあってこそ。

この公演中、新たな舞台が3本も発表になりましたね。
アルカディアを経て、また彼が私たちファンをどんな世界に連れてってくれるのか、とても楽しみにしています。
負けてられないな、自分もがんばらないとな。相変わらず、ポジティヴな励ましをくれる役者さんです。