幽霊を嗤い、幽霊に憑かれる。

※2016/11/08投稿記事

 

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もう1ヶ月経ってしまった事がまだ悲しい。
この9-10月に上演されたイプセンの『幽霊』の話です。
あの舞台、オスヴァル君の事を思うといまだにうっとりとため息が出ます。

アルカディア』があまりに素晴らしかったので、再びの海外翻訳、しかも古典への出演は本当に胸が躍りました。しかも、どうやら中心人物であるらしい息子役。
既に絶版の戯曲を入手し、ラストシーンまでの流れに衝撃を受けました。
こ、これをやるのか?このラストの恐怖を決めるのはオスヴァルの芝居にかかっているではないか?とんでもない役が回ってきてしまった…。

また、非常に台詞の言い回しが古く、また1回読んだだけでは台詞の意味がわからない事も多々。
それでも訳がわからないなりにドキドキした気持ちは残って、公演までの数ヶ月ずっと鞄の中に入れて、繰り返し繰り返し戯曲を読んでいました。

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紀伊國屋ホールの古めかしさは、あの舞台に本当によく合っていたなと思います。
背景に貼られた壁の、布地の妙にドロッとした質感、暗いピアノの音、夫人の灰色のドレス。
なによりあの『田舎の因習』感。
そう、そう。田舎特有の、ああいう古いものに囚われた窮屈さ、暗さ、陰湿さ。
東北の田舎から出てきた私には、妙に共感できるものがありました。海外にもああいう空気ってあるんですね。

アフタートークでも小山さんが「もっと笑っていいんですよ」と仰ってた通り、この舞台の登場人物は非常に滑稽で、愚かしい人ばかりです。
暗い話・難しい話というよりも、人間の浅はかさや醜さ、絶望を客観的に嗤う…それを嗤う共犯感や背徳感を抱えながら。『笑ウせえるすまん』的なブラックユーモアを感じていました。
彼らを嗤う自分の背後に、「自分にだってこういう愚かしい一面があるんだぞ」と自らを嗤う存在がある…。
因習、放蕩な夫の影、狂気…劇中には様々な『幽霊』の概念が現れますが、これもまた、観客に投げられた『幽霊』なのかもしれません。

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感動したのは、あれだけ難解そうに思えた台詞が、役者さんの身体を通すと驚くほど立体的で違和感がない。戯曲っていうのはやはり読むものじゃなくて演じられてこそ完成するんだなって改めて感じました。もちろんそれを演じた役者さんが皆さん素晴らしかったのもあっての事ですが。

戯曲を読んだだけだと、マンデルス牧師とエングストランの配役は逆ではないか?と思いましたが、小山さんのコミカルさが牧師の気の小ささや浅はかさを際立たせていたし、吉原さんの粗暴さや明らかな恫喝ぶりは非常に可笑しかった。

私は横田さんのレギーネの表現がすごく好きです。私も『何か』を求めて田舎から脱出したかった身なので、彼女の野心はちょっと共感してしまう。
オスヴァルにとりいって、ある意味では非常に素直に純真にパリ行きの夢を見る。言葉の端々にフランス語を混じらせる所なんか本当に図々しくて好き。
それを打ち砕かれた後の彼女のドン引きぶりといったら最高でした。血のつながった家族なんだから家に残れとしつこく迫るオスヴァルに1ミリの同情もなく拒絶するレギーネの構図は本当に痛快でした(笑)。

アルカディアもそうでしたが、古典って一見難しそうだけど、こういう人のばかばかしさをシニカルに笑えるって本当に『知的快感』。頭を使いながら、美しくて皮肉の効いた言葉を追いながら解釈をこねくり回す。舞台から受け取ったものを脳内で組み立てて、考えれば考えただけ面白くなってくる。
好きな役者さんを追ってこういう芝居に出逢えるって本当に嬉しいなあ。


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そして、アルヴィング夫人とオスヴァルの話もしたいのですが、長くなるので一旦切ります。