※2016/11/18投稿記事
続きを書く機会が先延ばしになってるうちに『舞台K-Lost Small World-』のBlu-rayが出てしまいました。
もはや安西慎太郎だという事を忘れるほどに存在が伏見猿比古としか言えない彼を観てからオスヴァルの姿を改めて観ると、
「同一人物なんて嘘だろ??」
としか言いようがないわけなんですが…(笑)。とりあえず『幽霊』の、夫人と息子の話です。
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安西くん演じるオスヴァル。
劇中で一番愚かな男でした。プライドが高そうで、持論を振りかざし、酒に逃げて、野心のために媚びてくる女中の振る舞いに舞い上がり調子に乗り、酒の勢いでそんな女中に対する下心をあけすけに母に語って聞かせる。
いくら先天性の病気持ちとはいえ、同情できない本当に馬鹿で愚かしい奴です。
戯曲を読んだ時点でも本を投げそうになりましたもん(笑)。
2幕からは過剰なぐらいのアクションで転がったり酒を何杯も煽ったり、あれはさらにオスヴァルの愚かしさを際立たせていて個人的には良かったです。
最後の『太陽』の直前、ギラギラしていた目に一切の感情がなくなって、光がなくなったのは見間違いではないはず…。やっぱり彼の目の芝居はいい。
しかしまあ、洋装の似合う事似合う事。肩が大きくなってて、いつも舞台中は痩せてしまう頬がいつもよりふっくらしてたのも良かったです。26、7歳の雰囲気は出るかな?と心配でしたが、そのおかげで年相応に見えましたし。ベスト姿の背中はたいへん惚れぼれしました。
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私はこの舞台の何が好きって、アルヴィング夫人と息子・オスヴァルの関係性と耽美さです。
やっぱり今回の舞台は、母と息子の一種の共依存を感じさせるような距離感がとにかく特徴だったように思います。
いやあ、正直言ってすごかったですね、あの物理的な顔の近さ(笑)。
私、『食堂に幽霊が現れた』レギーネとのシーンをどうするんだろうとドキドキしながら行ったのに、おいおいオスヴァル、母さんとの絡みのほうがすごいよ??と動揺しました(笑)。
(レギーネとのシーンは壁に映像を映す事で表現されました。映像が鮮明ではなかったのですが、一応初めてのキスシーン(フリですが)って事でいいのかな?)
夫人はオスヴァルに微笑みながら、マンデルス牧師に「知っていましてよ、わたし、心も身体もまだ純潔なままのものを」と言います。
すごくないですか、26、7歳の息子を評する台詞じゃないですよねこれ。もっとも牧師はこの言葉に苦笑いでしたが。
とはいえ息子のオスヴァルも、苛立ちをごまかす為に酒を求め、その通りにシャンパンを持ってこさせた夫人に対しこう言います。
「こいつはすごいや、息子が喉を渇かしているのを、母親が放っておくはずはないと思った」
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…もうまず、この2人の時が、そもそもオスヴァルが海外留学に出される前の幼年期で止まっているんです。もしかしたら幽霊が巣喰うこの『家』が、2人の時間を止めてしまったのかもしれませんが。
朝海さん演じるアルヴィング夫人はオスヴァルの髪や頬をよく撫でてやるのですが、それがまさに小さい子供をあやす手つきなんですね。
そしてオスヴァルも、酒に酔って母に絡んでいた時点でも随分甘えていましたが、火事の後からは明らかに子供に後退したようなとろんとした顔つきで母に甘え始める。
安西くんのお芝居の中で、『幼児性』っていうのは彼の独特な特徴だと思うんです。
巧いんですよね、本当に…。
幼児性は悪い意味で言ってるんじゃないんです。
八雲の宇都木くん、Kステ・ロスモワの伏見など、小さな子供が全身ですがってくるような執着や、幼さゆえの恐れのない凶暴性、狂気、感情の起伏…。
まだ22歳、絶対どこかにカッコつけが残ってもおかしくないのに、彼はこちらが驚くほどそれらを舞台上で、芝居でさらけ出してくる。ただ素直に、すげえな、って思います。
オスヴァルの病気の進行は、幼児返りのように見えました。自分を殺してくれそうなレギーネに振られ、自ら死ぬ事はできず、全部を受け止めてくれる母親の前で幼児に返り、全身ですがりついていくような。あれは彼にしかできないオスヴァルだったなと、贔屓目ですが思います。
そしてまた、母親である夫人にとっても、可愛い息子がどんどん自分に甘えていくのは嬉しかったことでしょう。
「お前を家へ帰らせてくれた病気に感謝したいくらいよ」
「もっとお前を、わたしのものにしなくちゃね」
因習と嘘と駄目な夫と長年闘ってきたアルヴィング夫人にとっては、可愛い息子だけが自分の拠り所だったのでしょうね。
すがりあって甘え合って、最後のシーンは2人で小さな箱に収まっていくようでした。やがて溶けるように崩れる家の壁。朝日。本当に最後まで皮肉で愚かで、美しい舞台でした。
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安西くんの野生的な『何かに成る』芝居を、朝海さんの『美しく魅せる』芝居がしっかり受け止めて、どろりとしながらもとてもとても耽美で美しくて。この親子の絡みは本当に私の好みをストライクで突いてきました。
最後、廃人になった息子にヒステリックに叫ぶのが戯曲の指示かなと思っていたのですが、そこをあえて抑えて抑えて、絞り出すように「もう、ごめんよ…!」と言う夫人の芝居が物凄く良かったです。
今までの彼女の全てが全部崩れ落ちたような絶望感がたまらなかった。正直、オスヴァルの「太陽…」よりも、夫人のこの芝居でラストが決まったなと思いました。
安西くんも、朝海さんに全幅の信頼を置いてぶつかっているのがよくわかりました。
八雲の時は、まだお姉さんにすがる芝居に距離があったのですが、今回は抱きしめる腕では足りず手のひらや顎までしっかり這わせてて。あんなの初めて観ました。観てるこっちはとてもどきどきしましたが(笑)。
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正直、こういう古典で知的で耽美な舞台、まだまだ彼で観られるのは先だろうなと思っていました。
舞台の上の彼は、命を削るように燃やしてオスヴァルを『生きて』いました。
…ねえ、まだ22歳だよ。勘弁してよ。
初めて観た回、舞台を観ながらそれをずっと繰り返し思っていて、この子を観てきてよかったなあ……と思ったら泣けてきてしまって、終演後にはついに大号泣が止まらず、歩くどころか立つのさえやっとな程におぼつかない足でチケットを増やしにいきました。最終的に、事前に2枚持っていたチケットは5枚になりました(笑)。
まだまだ足りない所はあるけれど、やっぱりいい役者さんだなあと惚れ直してしまいました。
これからまたどんな景色に連れて行ってくれるんだろう。
今年はこれが舞台納めになりそうですが、私にとって、とても特別な舞台になりました。
なんとかDVDが出てほしい、映像に遺してほしい。今はそればかりを祈っています…。
※2017/11/15追記:その後DVDが出ました。職場の休憩室で号泣しました(笑)